私なりのクリスマスディナー
12月25日(金)昨夜のクリスマスの夕食です。コッパ(生ハム)とチーズ どれも輸入品。 コッパは、友人の知り合いで岐阜県内にあるハム工房で買ってからのお気に入り。 生ハムを造っている国内工房は少ないし、輸入のほうが安いです。 チーズはブルーチーズなどのクセがあるヤツが好き・・・エスカルゴ オーブンで焼けばいいだけの、お手軽なもの。 これも、好物なのです、そうそういつも食べられないけど・・・...
View Article滋賀・豊郷町(犬上郡) / プレ北前船⑦ 〜豊郷商人〜 伊藤家の人々
∞◎伊藤長兵衛丸紅商店初代社長 九代 伊藤 長兵衛(1868年~1941年) 伊藤忠兵衛の10歳年上の兄・六代伊藤長兵衛の家督を継いだ九代長兵衛は、大正8年(1919)に大阪に進出。 恐慌により苦境に陥った伊藤忠商店との合併が持ち上がり、大正10年(1921)伊藤長兵衛商店と伊藤忠商店が合併して丸紅商店が誕生した。 丸紅商店の初代社長には、九代長兵衛が就任した。...
View Article記念Suicaは忘れた頃にやってくる (^^)
12月27日(日)12月の半ば頃、郵便受けに封書が入っていました。差出人はJR東日本。 ン?まだSuicaの更新じゃないよな・・・開けて見れば、いつぞや申し込んだ「東京駅100年記念Suica」の入金票。スッカリ忘れていました。...
View Article食べるお正月
1月4日(月)あっという間に、三が日が過ぎてしまいましたね〜こんな勢いで、今年も一年が廻って行くんでしょうか・・・皆さん、いかがお過ごしだったでしょうか?私のお正月は、喰っちゃ寝の繰り返しでした。よく皆さんから、行動力をほめて戴いてますが、家に居ると、面目ないくらいフットワーク重いです。明日は、初詣に行こうかな〜と考えていますが、どうなるかなぁ(笑)1月1日なますと鯛の昆布じめ去年、旅行で伺った富山...
View Article滋賀・琵琶湖 / プレ北前船⑧ 〜琵琶湖の舟運のこと〜
∞近江商人のことが少し分かったところで、北前船が発展する以前の舟運について、琵琶湖の北部を訪ねました。朝鮮半島から日本海を渡り、北陸の地に着いた大陸の人々が、先進的な大陸文化を携えて琵琶湖周辺に住み着いた7世紀中頃の近江では、大津京の造営が始まっていた。天智6年(667)天智天皇は都を大津に移し、律令国家をめざした。一方、文化面でも大陸の影響を受けて大きく進展し、琵琶湖上には宮廷船が行き交い、歌を詠...
View Article滋賀・長浜 / プレ北前船⑨ 〜塩津港〜
∞●塩津港塩津浜の北側から南方面を眺める「塩津公園」東方面西方面●大坪川と船だまり●塩津港遺跡塩津港遺跡は、大坪川と大川の二河川の河口付近一帯に位置する古代からの重要な港の遺跡である。 滋賀県県教育委員会と(財)滋賀県文化財保護協会が、平成18年(2006)7月から、河川改修工事に伴って、この遺跡の発掘調査を実施している。...
View Article滋賀・長浜 / プレ北前船⑪ 〜塩津街道の町並み〜
∞●集落に1軒だけ残る茅葺きの痕跡(右)●旧塩津郵便局●理髪店●旅行代理店?●大坪川からみた集落◎旧塩津港周辺の町並西廻り航路が開設されていない時代は、各地の藩の蔵米を大坂に運ぶには、敦賀まで船で運んだ後、馬の背に載せ替えて、塩津や大浦などの琵琶湖北岸の港へ運んだ。そこで、丸子船に積み替えて、南岸の大津まで運び、また馬で大坂へという複雑なルートだった。コメだけではなく、蝦夷や奥州、北陸道沿いの諸国か...
View Article女5人で新年会
1月11日(月)昨夜(10日)は女子会でした。(中年が女子会って言うと怒られるんだって?)去年の秋にリニューアルした串カツ屋で、人気がある店なんです。今のところは予約でいっぱいらしいですが、我が里の住民は移り気な気質なので、今後どうなることか・・・ゆで落花生は故郷の味。串カツはアジ、海老、うずら、オニオン、アスパラ、豚バラ、インゲン、鶏つくね、砂肝など10種類くらいあったかな・・・こんなに揚げ物を食...
View Article滋賀・長浜 / プレ北前船⑫ 〜丸子船〜
∞◎道の駅「あぢかまの里」にて●ツラ●ダテカスガイ●船内●おも木●とびのお●船尾 (西浅井町塩津浜 2015年11月10日)◎「丸子船の館」にて (西浅井町大浦...
View Article滋賀・高島 / プレ北前船⑬ 〜海津・西浜の石組み〜
∞●高木浜竹生島がぽっかり浮かんでいる・・・●海津・西浜の石組み(知内は背後の方角になる)●海津漁業協同組合旧倉庫・・・日が暮れてきたので、マキノ駅に戻ります。国選定重要文化的景観(2008.03.28)名称:高島市海津・西浜・知内の水辺景観 (たかしましかいづ・にしはま・ちないのみずべけいかん) 選定基準: (五)ため池・水路・港などの水の利用に関する景観地...
View Article北前船と若狭・丹後
∞北前船は、江戸から明治中期にかけて隆盛を極めた。天下の台所・大阪を出帆し、瀬戸内、山陽、北陸を経由して東北、蝦夷(北海道)を結んだ近世物流の大動脈だった。最初にこの西廻り航路に挑戦したのは、寛永18年(1639)の加賀藩三代当主・前田利常だった。その後、江戸幕府の命を受けた河村瑞賢が寛文12年(1672)に商業ルートとして定着させた。この船は商品を運ぶだけでなく、出港地で仕入れた商品を寄港地で売り...
View Article福井・小浜 / 鯖街道起点
∞●鯖街道資料館◎鯖のたどった道●鯖街道「熊川宿」のようす(2010年11月撮影)天正17年(1589)に領主である浅野長政が、交通と軍事において重要な場所として、諸役免除すると、江戸時代には200戸を超える宿場町となり大いに栄えた。古代、京都の朝廷へ食料を献上する「御食国(みけつくに)」のひとつだった若狭。日本海の海の幸が、小浜から京都を結ぶ若狭街道を通って運ばれていました。特に18世紀後半からは...
View Article福井・小浜 / 八幡神社
∞●一の鳥居●二の鳥居小浜市指定文化財応永2年8月21日守護職一色詮範により再建 この応永2年以後、中世に2回の再建記録があるが、近世以降は『拾椎雑話』に記す元禄7年(1694)の再興をもって最後とし、現在に至っている。 この鳥居は、素木で高さ約6.4m、柱間は4.63m、柱の直径は48.25僂任△襦 笠木は銅板葺き、神号額の上部も同様。...
View Article福井・小浜 / 若狭彦神社(若狭一の宮上社)
∞「神宮寺」では奈良東大寺二月堂の「お水取り(修ニ会の「お香水」汲み)」に使われる香水を遠敷川に流す「お水送り」の神事が行われる。香水は10日後、奈良東大寺の「お水取り」で汲み上げられるのだそうです。「万徳寺」は茅葺きのお寺で、紅葉の名所だという。●一の鳥居●二の鳥居(夫婦杉)●随神門●神門と本殿 手前の礎石は「拝殿」の跡地●伏水 竜前宇宮山の森に降った雨水が涸れることなく湧き出でているのだという...
View Article福井・小浜 / 若狭姫神社(若狭一の宮 下社)
∞●奉納弁財船模型●随神門●小浜の回船問屋「古河屋」奉納とされる石灯籠●神門と本殿、千年杉●舞殿 福井県指定文化財(昭和54.2.6)●若狭彦神社(下社)本殿・神門・随神門 式内社 若狭國遠敷郡 若狹比古神社二座 名神大 若狭國一宮 旧國幣中社 祭神:若狭姫大神 (豊玉姫命)由緒記 名称 若狭国一宮 若狭彦神社下社...
View Article久しぶりに富士山積雪
1月19日(火)寒いですねぇ・・・こちらでも、雪こそ降りませんが、この時期の寒さになってます。昨日の雨で富士山に雪が積もりました。北の山梨県側では、今までもそこそこ雪はあったようですが、南の静岡県側では、去年の暮れから暖かい日が続いて、スッカリ雪が無くなってしまい、5月の連休頃のような様相でした。なにしろ、この時期で18℃なんて日が続きましたから・・・やっぱり、冬はこういう姿でないと、寂しいでしょう...
View Article福井・小浜 / 旧古河屋別邸(現「千石荘」)
∞福井県指定有形文化財(平成10. 4.24)名称:旧古河屋別邸 附:庭園(きゅうふるかわやべってい )員数:3棟時代:江戸時代後期管理者:個人指定番号:福井県第304号 古河屋は近世に小浜の廻船問屋として栄えた豪商である。 この屋敷は古河屋の別邸として建てられ、千石荘と称されている。 屋敷の中心となる書院は、入母屋造桟瓦葺の建物で、軒先に銅板を葺く。...
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